エンドブレイカー!PC、トゥエトリーナ(b03847)の手記。ご存じない方は回れ右推奨です。
Posted by トゥエトリーナ・マルディン - 2010.04.26,Mon
むかし、いつだかわからないかつて、「夜が怖くないのか」と聞かれたことがある。
あのぽかんと口をひらいた、暗闇が怖くないのか……路地裏の角を回るとき、警戒に肩は震えないのか……不意に背後から伸びた影に、冷たい手で心臓をなでおろされたような気持ちにならないのか……。
それをいったい誰に聞かれたのか、よくは覚えていない。わたしにとって重要であったのは、その質問をした人間ではなくて、その質問の内容そのものだ。
夜が怖い。それはわたしには想像もつかない、なんとも滑稽な感覚だった。
この距離感は、いまだに信用を勝ち得ていない証拠かもしれないと、男は数歩距離を置いたところで、所在なさげに立ちすくんでいる少女を見る。少女もまた、男を見返している。
まっすぐとたちのぼっていた紫煙が、ゆらりと軌道を変えた。子どもの質問に答えるために、男が唇に挟んだ煙管を外したからだった。
「ヒトが夜……まぁ、暗闇を怖いって思うのは、なにかが『そこにいる』って考えるからさ」
「夜をこわいと思うのも」
「それも同義。べつに夜自体を恐れてる訳じゃねぇってことだ」
煙を吐き出しながら男は言って、子どもの――少女へと煙管をむける。
「おまえが夜を怖いと思わないのは、想像力が欠如してるからかもな」
からかいを含んだ声音に、少女の表情はぴくりともしない。ただ、「想像力」とだけ口の中でつぶやいて、男を見る。教えを求める目だ、男はくたびれたように溜息を漏らす。ぎし、と男が腰掛けた椅子が軋む。
「俺が全部知ってると思うなよ。解が知りたきゃ探しに行って来い、哲学は俺の専門範囲外だ」
さいわい今は夜だと続けると、男は足元に擦り寄ってきた野良猫を追い払うようなしぐさで、わずらわしげに少女をおいやる。べつだん落胆した様子を見せるわけでもなく、少女は数歩足を引いて、男と距離を取る。
「お師匠さまは、怖いですか」
男はすっと眉を持ち上げて、目を細めた。質問の主語を探しているわけでは、ない。
ふ、とかすかに男が笑う気配がして、少女は瞼を持ち上げる。いつもにやつくばかりの男がこうして笑うのを、少女は見たことがなかった。
「俺の怖いもんは、泥と返り血。それから洗濯してねえベッドのシーツだけだ」
嫌いなもんもおんなじだけどな!
高らかにそう言った男は煙管の吸い口に噛み付いて、今度こそいつものようににやついた。
*
時計の針が、そろそろと深夜に忍び寄る。
くたびれてはいるが、きちんと手入れの行き届いた青い外套を、半ば引きずるようにして少女が歩いている。あまり血色の良くない顔には、らんらんと光る瞳が、当たり前のように2つ浮かんでいた。
ぽかんとした暗闇も、路地裏の角を曲がるそのときも、不意に背後から伸びる影も、やはり少女は怖くはないようだった。
わたしはどうして夜が怖くないんだろうか、ぼんやりと少女は考える。昼間よりもずっと、夜のほうが少女は生き易かった。
ふと、あたりが明るくなった。色彩を欠いた眼差しが細められる。どうやら、歩いているうちに路地裏を抜け出してしまっていたらしく、民家の多い区画に出てしまったようだった。
家々から漏れ出る灯りが、夜を明るみに出している。残る暗闇は、石畳にわずかにへばりついているものだけだった。
眩しそうに民家を見上げた少女は、そのうちの一軒の窓辺に、誰かが立っていることに気がついた。気がついてしまえば、あとはぱちりと目があってしまうだけだ。
窓辺に立っていたのは、少女と同い年くらいの少年だった。
きょとんと瞳を丸めた少年を前に、少女もまた、まばたきもせずに立ちすくんでいる。
少女は瞳をそらさない、じっとそれら見つめる瞳は、ゆらゆらと全てを反射している。
薄気味わるそうに少年が窓辺から立ち退いたのと同時に、少女は路地裏へと飛びこんだ。
夜に懐いた少女は、朝まで部屋にもどらなかった。
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